
Disk1
弱音の素晴らしさ
全体を通してゆったりしたテンポが印象的な、美しく且つ堂々とした劇的な演奏。
しかし私はこの演奏を劇的なものにしている最大のポイントは弱音部分にあると思う。
この演奏の弱音部分の美しさと緊張感はすさまじく、まるで音の向こう側に各人物の心の内が透けて見えるような感じを覚える。
そのため人間ドラマは強調され、また強奏部の盛り上がりは一層劇的なものになる。
私にはこの演奏だからこそ、リッチャレッリがトゥーランドットを演じることに何ら違和感がない。むしろ彼女のような歌い手でなければこの演奏から浮いてしまい、具合が悪いだろうと感じる。
リッチャレッリの歌唱からは、強さの中にも女性らしさが垣間見える。
このためトゥーランドットは、たとえ心を閉ざし氷のように非情に振る舞っていても、その内側はひとたび氷が溶ければ、涙も流す普通の女性である。ということがごく自然に感じられる。
またドミンゴのカラフも素晴らしい。少し愁いを帯びた彼の歌唱はまたこの演奏にぴったりと感じる。特にこの遅いテンポで歌い切る「誰も寝てはならぬ」には感動してしまう。
繊細さと劇的さが絶妙なバランスの上に成り立った、他では味わえない稀有な演奏。
これは録音だからこそ可能なのかも知れないが、それがこの演奏の価値を何ら貶めることはない。
私にとって繰り返し聞きたくなる素晴らしいトゥーランドット。
リッチャレッリが痛々しい。
カラヤンは、役どころに通常求められる声質よりもワンランク軽めの声の歌手を起用して、叙情たっぷりな演出をすることを好むが、トゥーランドット役にリッチャレッリを起用したのは、さすがにやりすぎだ。無理に声を張り上げている様にしか聞こえず、痛々しい。これでは、せっかくのウィーンフィルの壮大な音色も台無しだ。