
ヴァイオリニストでもオーケストラでも、感情の盛り上がるところではメロディーを「うたわせる」という。また、メロディアスなフレーズをつむぎだすジャズ・プレイヤーに対して「唄心がある」ということもある。そうした表現が日常的になっているのは、音楽の根本は「歌」にあると信じられているからだろう。事実、すぐれた器楽の演奏は、しばしば人間の歌を思い起こさせる。
しかし、ここに収録されたチョン・キョンファの演奏を聴いて連想するのは、オペラやリートを歌う歌手ではなく、観客の視線を釘づけにするプリマ・バレリーナである。彼女の音楽には、美しいラインとひきしまった優雅な動きがある。跳躍のダイナミックさも感じられる。なにより音楽に動きがある。このようにメロディーを「踊らせる」ことのできる演奏家はそう多くないはずだ。
「運命」も視覚的な喚起力の強い演奏。こちらは精度の高いパスをつなぎながらすばやく攻め上がるサッカー・チームのようだとでもいおうか。もたつくことがなく、よどみなく、しかし軽すぎもしないというベートーヴェンである。(松本泰樹)
Disk1
素直に夢中になれるベートーベン5
まずはブラームスについて
キュン・ファの演奏は潤いと甘みのある音色であり、ソロの冒頭から引き込まれて行った。技巧面、磨かれた音色、歌う力、時折見せる炎のような煌きに圧倒される。彼女の魅力をこのブラームスの演奏でも非常に楽しむことが出来た。
しかしこのブラームスの協奏曲の魅力はヴァイオリン・ソロに集中せず、オーケストラとの掛け合いにより構築していく純粋な音楽的楽曲である。「ソロ曲」というより交響曲的な楽曲であることが、ベートーベンの交響曲5番とカップリングされている理由の一つだろう。ドイツ音楽史の主流を形成する一人のブラームスの曲ならではのドイツ的な音楽性に妥協のない曲であるが、それを考えたとしても協奏曲というジャンルにして見れば驚くほど多くの箇所でバイオリンが曲の機能のための「犠牲」になり、ソロ・バイオリンが目立たない曲である。だからこの協奏曲は他より、より磨かれたソロとオーケストラの相互関係によって演奏の善し悪しが決まってくる。そして曲の「機能」を果たしながら美しく力強くしかも個性的に演奏出来ているとこの曲の良さが際立つ。
キュン・ファの演奏はオーケストラの旋律と対位法的に交わるときに若干魅力が欠けてしまう。そこがオイストラフやクレーメルなどの超一級のミュージシャンとの僅かな差であることを否めない。強烈な印象のベートーベンの交響曲の後に収録されていることもあり、ダイナミックさがいまひとつだ。個人的にはブラームスの協奏曲ではキュン・ファのような雅なタイプよりも、リズム感やパルスの強さで攻めてくるヴァイオリニストの方が良くマッチすると思う。しかしキュン・ファは音の高低の取り方、歌い方の上手さなどは完璧で、非常に美しくクリアなモダン演奏を作り上げており、魅力は大きい。レコーディングの技術も良く、小さなニュアンスまで良く分かる。
一曲目に収録されているベートーベン交響曲第5番も非常に面白い。ベートーベンの5番は他に数え切れないほど名盤があるが、正直この有名な曲でこれほど率直に心から夢中になれたのはこの演奏を聞いたときが初めてではないかと思う。恐らく、今自分が求めていた「何か」に一番近い演奏だったのだろう。
早いテンポなのに加え非常に力強いリズムがあり、野生的で興奮する積極的な演奏だ。最近は多くの古楽器楽団がベートーベンの新しい解釈をしているが、それらの古楽器楽団に負けないぐらいクリアなリズムを取り、バイタリティーがあり、吐息が聞こえてくる演奏だ。ベートーベン特有の不規則なアクセントまでもしっかり強調して出しているし、内声部も驚くほどしっかり聞こえる。特に最終楽章のピッコロの聞こえ具合が最高に良い。ここまで来るとレコーディングの質の高さも関係してくると思うが。そして何よりウィーンフィルの演奏能力に脱帽。ラトルとウィーンフィルの「交響曲全集」の録音とは別の演奏なので、是非こちらを聞いてもらいたい。
クライバーの牙城は崩せなかった
ラトルの「運命」が登場!前々から噂になっていた、VPOとの待望の交響曲全曲シリーズ!‥どんなベートーヴェンを聴かせてくれるのか?期待して拝聴したが‥。‥ラトルのベートーヴェンは慨存の作品解釈を覆す位の刺激的な演奏ぶりだが、カルロス・クライバーの同じVPOを振った伝説の名盤を凌ぐ演奏か?と問われれば、素直に頷くことが出来ない録音だ‥。ラトルの演奏は、少し頭で考え過ぎているかな‥。クライバーの様な体中から湧き起こる情熱が感じられない。ラトルの演奏は能動的にVPOを操っているが、クライバーの録音と違いVPOから出てくる情熱は自然体とは言えない。演奏効果を前提に頭脳的に演奏させているため、非常にワザとらしい指揮ぶりになってしまった。短めなフェルマータも違和感がある。クライバー盤がスタジオ録音にもかかわらず、ライヴ録音のごとく熱っぽい演奏だが、ラトルのは全く逆にライヴ録音なのに、スタジオ録音の様なストイックな演奏だ。‥試しに、クライバー盤とラトル盤を続けて聴いてみたが、心躍らされたのはやはりクライバー盤だった!‥ラトル盤は理知的に過ぎて面白く聴けない‥。演奏効果を突き詰めれば、ジンマンの様な演奏になるのだろうが、コレは些かやり過ぎだ!‥ラトルの演奏効果はジンマンほどではないにしろ、私的には鼻につき過ぎる‥。もう少し自然体でベートーヴェンを演奏してもらいたい。VPOも自発性に乏しいな‥。カラヤンが言った「クライバーは本当の天才だ‥」
キョン・ファの魅力って??
キョン・ファのブラームスを聴くために購入しました。残念ながら彼女の魅力を十分に伝えていないような感じを受けました。ヴァイオリンの音色に潤いがなく、金属質で神経質な響きになってしまっています。その原因は、ひとつは録音のせいだろうと思われます。私は常々、CDなどの録音芸術には演奏者のみならず録音チームもその名が記されてステータスを築きあげられるべきものだと考えていますが、その意味でこの録音チームには低い評価しか与えられません。さらにこの演奏の魅力を減じているのがラトルの指揮であるように思われます。ブラームスを聴く魅力のロマンティシズムとはやや懸け離れたような頻繁に神経質に揺れるテンポにキョン・ファは追従してしまっており、彼女の持ち味である心の底から湧き出てくるような情熱的な感性を引き出すことに失敗しているように思いました。ちょっと甘ちゃん、と言われるかもしれませんが、同曲ではムローヴァの演奏が甘美なロマンティシズムを伝えてくれていましたが、それを基準にこの演奏を聴くとどうしても失望を禁じえなかったのです。
感動しました。
今までは、本や雑誌などの評価のまま、CDを購入していましたが
初めて自分の意志(!)で購入したCDです。昨年の日本公演が脳裏に浮かんできます。これからも更なる飛躍を期待しています。
次の録音が待ちどうしいです。
ラトル新世紀のベートーヴェン!
素晴らしい演奏である。天下のウイーン・フィルを相手にこれだけの個性を全開させた手腕は高く評価されるべきである。一楽章もコーダ以外はフレッシュで芸術至上的な表現が光っているし、2楽章の最弱音の語りかけも深い。往年のマエストロのよう!フィナーレの快進撃も根源的迫力に満ちてひときわ輝いている。一部評論では漸強弱のしつこさを指摘する向きもあったが、理屈は捨て新時代の旗頭の記念すべきベートーヴェンとしてこの演奏を偉としたい。今世紀のクラシックは楽しいものとなりそうだ!!
またチョンとのブラームスも禊を切るような演奏で音楽美のみ伝わってくる。難をいえばさらに録音が冴えていれば・・・と苦渋を飲む。チョンの本質をマイクが完全には捉えていないのが残念であるとはいえ、私はこのCDに星五つをつけたい。クライバ―の頭上に燦然と輝く演奏であることは間違いない。