
ハンガリーの首都ブダペストに生まれ、1922年に34歳でアメリカに渡った名指揮者フリッツ・ライナー(1888-1963)にとって、深い友情関係にあった同郷の作曲家バルトークの作品は、彼の最も得意とするレパートリーであった。不遇にあったアメリカ時代のバルトークに温かい尊敬の念を持ってもてなし、数々の初演・アメリカ初演を行うなど、最大の理解者と言ってもいいだろう。その録音はいまも貴重である。
1950年代のステレオ初期に録音されたこの演奏は、特に「管弦楽のための協奏曲」(1955年録音)ではライナー独特のオーケストラ配置を反映して、コントラバスとヴァイオリンは左のスピーカーから、ヴィオラと金管は右のスピーカーから聴こえてくる。このステレオ感は効果的だ。引き締まった精力的で筋肉質な響きは、実に新鮮であり、呼吸する皮膚のようなエロスさえたたえている。ベルリン・フィルともウィーン・フィルとも違う、まぎれもなく究極的な別のオーケストラがここにはある。「管弦楽のための協奏曲」の最終楽章など、オーケストラの圧倒的な技とアンサンブルの冴えに眩暈がするほどだ。半世紀も前の録音とは信じがたいクオリティの高さである。ざくざくと推進する弦楽の感触が生々しく、ブラスは朗々と鳴り響く。たまらない快感だ。最後の「ハンガリーのスケッチ」は哀愁漂う素朴なメロディにほっとさせられ、いい余韻を残してくれる。(林田直樹)
Disk1
ライナーのバルトーク挽歌
バルトーク演奏としては極めて特殊なポジションにあるものである。
「オケ・コン」も、「弦・チェレ」も、名演に恵まれた曲と言える。ハンガリー出身の指揮者としてはショルティやドラティ、そしてスタンダードな名演としてはブレーズのものが決定版といってもいいが、このライナーの演奏はそのどれとも異なるものである。その理由は、「ハンガリー的な要素」すら排した、徹底的にライナー個人のバルトークへの思い入れに満ちているからである。その意味では誠に感情的な演奏とも言える。
えてしてそのような演奏スタイルは、クラシックの場合失敗に終わるケースが多いが、ここではライナーの手兵シカゴ響の演奏能力と、ライナー自身のもともとの端正な演奏スタイル(新古典主義)が相俟って、信じられない完成度の高い演奏を生み出している。
この演奏はバルトークと盟友関係にあったライナーただ一人しか生み出すことの不可能な録音であった。もう二度とこのようなスタイルの名演は出現しないだろう。これらの曲を最初に聴くならブレーズを薦めるが、演奏から受ける感銘はブレーズ盤とは比較にならない。