
Disk1
異様なテンポ、コントラストが驚くべき説得力を生む・・・
このディスクまるまる1枚を聴きとおすと、おそろしく憂鬱になる。あまりにゆったりと深く音楽を追究しているからだ。重い! ズシリと来る。なるほどショパンのノクターンの本質はここにあったのかという発見も多い。頻出する休止にはいちいち全存在がかかっているように緊張を強いられる。タッチはクリスタルから、木霊のような精妙さまで驚異的な幅広さだ。それがまた徹底的なスローテンポのなかで執拗に描きつくされる。物凄く疲れる。
それにしても、それゆえにこそ遺作の『嬰ハ短調』が驚くべき説得力を持つのであろう。この作品のベストはフー・ツォン盤(廃盤)だと思うが、アファナシエフの表現は掛け値なしにスゴイ!!!
なるほど、アファナシエフの主張の通り、ショパンのピアノ作品はサロンのお気軽な音楽ではない。断じて。しかし、この憂鬱な気分は? ショスタコーヴィチの陰惨な音楽はいくらでも「愉しんで」聴けるのだがなあ。これは好みの問題でしょう。演奏は☆5つ。
最有名曲を外した選曲なのでご注意を!
アファナシエフのノクターン。
予想どおりと言うべきか…。音価の延びが著しい。いつもの彼と同じやり方。
それでも、彼の作るアルバムは一枚一枚で受ける印象が異なるので、やはり第一級の表現者なのだろう。
このアルバムでは、聴き進むにつれ白い闇が眼前に広がる。
夜の想いではなく、白昼夢を見せられているようだ。
あるいは胡蝶の夢。
コルトーのノクターンも胡蝶の夢のようだったが、その胡蝶はコルトーである。我々はコルトーの見ている世界に引き込まれる。コルトーの高雅な戯れと同化する。
アファナシエフの場合は、我々が胡蝶となる。君も私もピアニストの感覚器官の延長となっていて世界を感じている…と思える瞬間が端々にある。クラクラしてくる。
無論、突き詰めて考えると、荘周と胡蝶とは、どちらが主体とも言えないのだが…。
上記から、響きが病弱な感じがするのかと思われるかもしれない。が、不健康で病的ではあるものの、病弱さや軟弱さは微塵もない。
意外にも、アラウの弾いたノクターンに似た芯の強い、ガッチリした響きがしているのだ。
よって、なよなよ系のショパンが嫌いな人にもオススメします。
さて。このCDは「ノクターン選集」であるわけだが、ベスト企画物によくある、全曲録音からの勝手な抜粋ではないため、ピアニストのアルバム創作の意向が強く出た選曲になっている。
普通の基準で「選集」なら、当然選ばれるべき最有名曲は外されているので、何の気なしに買うとはぐらかされた気分になるかも。その点はご注意を。
確かに、胡蝶の夢の中に、ショパンに縁のない人でも知ってるアノ曲は、邪魔であろう。
という訳で、オルゴールや電話の保留音によくある、一般に「ショパンのノクターン」と呼ばれる「変ホ長調作品9の2」はこのCDには入っておりません♪
異形のショパンはいかがですか?
これはショパンの夜想曲選集のスタンダードな弾きかたとは対極にある超個性的な演奏の記録です。
クラシック音楽の初心者のファーストチョイスには絶対に向いていないので、要注意。
異能ピアニストのヴァレリー・アファナシエフが、
「ショパンはすてきでもなければチャーミングでもない。」
「ショパンはけっして大衆の趣味におもねることはなかった。」
「ショパンの大半の作品は、死だとか、人間の生死のあわいをさまよう状態と結びついているといえる。」
という独自な解釈にしたがって夜想曲に真摯に向かいあっている。
異様なテンポのゆるやかさといい、死体を解剖していくような楽譜の深読みといい、真夜中の墓場よりも厳粛な空気に居住まいを正して傾聴するしかないショパンです。
ロマンティックで優雅、それでいて淫靡な気配もただよっていたりするオーソドックスな歴代の名ピアニストたちの演奏と聴きくらべてみると、まことに興味深いものがある。
おなじ曲を弾いているとは到底おもえないほど、深淵のようなへだたりを感じさせられて驚愕するほかない。
著作活動でも知られる学究肌のアファナシエフ自身による解説文は、訳文がやや生硬なのが残念だけど必読だろう。刺激的だ。
私は、たまにはこういうショパンもあってよいかな、と考えている。
深みに沈んでいく
確実にショパン本人はこうは弾かなかっただろうし、そういう意味では「誠実な」演奏ではないのかもしれないが…しかし、この演奏を聴けばアファナシエフが単なる再生装置としての演奏家ではなく、一人の音楽家としてショパンに対峙していることが分かるだろう。
表面的には、遅いテンポ、異常に長い休符、パーカッシヴなフレージングなどが目立つ。それが何を意味するのかは正直掴みがたいが、ショパンの聞きなれた音楽が、不気味な深さをもって迫ってくるのは確か。少しねらいすぎの感はあるが、やはり「鬼才」の名に相応しいアルバムだ。
ちなみに作品32の1は「ロ長調」が正しい。
解説も魅力
アファナシエフは幅広いレパートリーを持つが、ショパンのCDはその中でも人気があるもの。誰の作品よりもアファナシエフの奇才ぶりが発揮されるのがショパンの作品であり、一番有名な作品9の2が収録されていないなど玄人好みの選曲だが、一聴の価値はある。
鬼才アファナシエフの代名詞とでも言うべき極端なスローテンポは、当然このCDでも健在。演奏時間を見ると、ほとんどの曲は標準的なものの1.2倍、一番長い作品37の1に至っては約2倍もかかっている。速い曲を遅く弾くのも難しいが、ゆっくりな曲をもっとゆっくりに弾くのはさらに難しい。聴いている人に冗長さを感じさせたり間延び感を与えることなく弾ききるためには、相当な技量が必要だ。しかもただ技巧的というのではなく、精神的な部分に訴えるようなものがないといけない。
だが、アファナシエフはそれを見事にやってのける。ひとつひとつの音が透き通っていてしかも豊かな表情を持っており、しかも演奏の裏側には彼が作る音・音楽を支える哲学的思想が根付いている。例えば1曲目(作品9の1)の冒頭はアウフタクトの5つの音から始まるが、アファナシエフの演奏では何か静かに前口上を述べているようで、そこに引き込まれていきそうな感がある。この雄弁さというか表情の豊かさが、やはりアファナシエフの魅力だ。
ちなみにこのCDは、DENONの名盤が1000円で楽しめるCREST1000シリーズの1枚。今回の発売分からは解説書が初回発売時と同じものになっており、その哲学的な文章からはアファナシエフの演奏だけに止まらない奇才ぶりを一層堪能することができる。「理解に苦しむ」と評されることの多い彼の演奏も、解説を読んでその内容を理解していけば、おのずと見えてくるものがあるのではないだろうか。
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